秋田県の乳頭山麓に点在する、乳頭温泉郷。黒湯(くろゆ)、孫六(まごろく)、蟹場(かにば)などの温泉の中で、最も早く開かれたといわれるのが、『鶴の湯温泉』である。秋田藩主、佐竹氏の湯治場としての歴史を持ち、藩主の警護にあたる武士が詰めていた本陣が今なお残る、一軒宿だ。
宿の前に立つと、まるで時代劇のセットではないかと思えるほど。
山懐に擁(いだ)かれるように、茅葺(かやぶ)き屋根に黒い壁板の建物が現れる。明治の初めに改築されたとはいえ、蹄(ひな)びた湯治宿の姿を留めている。
篭気は自家発電。部屋にはテレビもなければ、電話もない。日常から遠く離れ、ゆったりと過ごす。湯に浸かり心身を解きほぐし、山菜や茸(きのこ)などの山の幸を味わう。これこそ、湯治の原点である。
鶴の湯温泉には、泉質の異なる6つの源泉がある。露天風呂は全部で3つ。そのうちのひとつ、乳白色の湯をたたえる混浴の露天風呂のまわりは、一面のブナの森だ。秋になると黄金(こがね)に色づき、モミジの赤のような艶(あで)やかさはないが、暖かな色合いである。
湯はややぬるめで、肌へのあたりがやわらかなのが特徴。ゆっくりと湯に浸かり、心ゆくまで黄葉を楽しむことができる。
また、普段は青みがかっている「黒湯」と呼ばれる内湯は、天気が悪いと黒く、晴れると白くなり、湯の色で天気がわかるという。身体の芯から温まり、湯冷めもしない。
湯治客たちは朝な夕な、これらの温泉をはしごする。そして楽しみなのは、宿の近くで採れる山菜をふんだんに使った料理の数々。特に秋は、マイタケ、アミタケ、ナラタケ、サワモダシといった茸を目当てにやって来る人もいる。